無権社会
ぼんやりと、誰もが権利を持つという印象だったのだが、違うのだろう、と。例えば選挙における個人の一票が権利かといえば、違うのだろう、と。
政治の世界に限らず。働く上で何か権利があるのかと言えば、無いのだろうと。今、私は運送ドライバーとして働いているが、何かを選べたり、何かを決めたりする権利は無い。何か命令、指図の類、何か要求したり、要求される事を拒むことも無い。基準は全て「誰か」である。それは「貴方はそういう扱いだから」と言えばそうかもしれない。では「権利」より「扱い」が上位なのだろうか。
その通りである。そう言う事なのだ。よって私に権利らしきものは何も無い。権利が無いのだから「最終的な責任」も負わないということで、まあいいか、という風に着地しようと思っている。権利が無いから生きていけないなんてことは無く、権利を行使したから生きやすくなるとも思わないので。
別に、投げやりになっている訳でもなく、悲観的になっている訳でもない。私は「嘘」、「騙す」のも「騙される」のも好かないという、それだけ、そのレベルの話である。
例えば、この源泉徴収票。「形骸化」の一言。

社会は「権利がある前提」で動いてはおらず、個人が権利を持つなんて建前でしかなく、故に私もその建前には乗れないし、必要性すらない。
この書類を受領して、スルー推奨案件ならスルーしようかと。まあそういう事です。