中卒で元ヒッキーの彼は、私よりそのキャリアは長かった。
真面目だけど理屈が出て固執する。端的に他を知らないから視野が狭いしそこから一歩外へ出ようとしない。でも、それだけなら、任せられるという。
扱いが難しい、というよりメンドイ。そんな彼を、前任者はダメだと言った。引き継いだ私は、まあそんな子もいるよね、という感じで。
一日中走りっぱなしのシンドイのが2コマ、彼はそれを頑なに拒んだ。それなりに理屈があったんだろう、聞いたことはないが。周囲はそれを不公平だと言った。Kチャンもやんなきゃダメだよ、と。
狭い世界であればあるほど。人は原則論を振り翳す。公平とか、平等とか。
堪らなく面倒臭くて、私は埋まらないシンドイのの残りを自分に振った。責任者なんだからそっちばっかり行ってちゃダメだよ、という屁理屈はシカトした。誰よりも早く、そして誰よりも遅く、そして誰よりも実入りが良かった。敢えて不公平を見せつけた。
彼は、そんな私の振る舞いを見て、いつも首を傾げていた。何でそこまでするんですか、その問いに、皆メンドクセエから、オマエモナー、そう言い続けた。トラブル対応は電話で指示した。居残ってるオマエラでやりゃいーじゃん。てか、それくらいやれよそれも仕事だし、やりゃできんダロ。
私は前任者より遥かに、図々しく、乱暴だった。
彼とは帰る方向が同じで、彼は二駅先、話す機会は多かった。居残って事務仕事を片付けるのを、待っていることも屡々。でも、何を話したのかあまり覚えていない。彼の出で立ちは上下ジャージ、私はジャケパン、何でいつも革靴なんすか、よく訊かれた。好きだからだよ、そう答えたのは事実そうだったから。
たまに、キツイのもやりゃいーじゃん、そんだけ稼げるし。彼は、稼げるっつったってン千円じゃないすか、まあそりゃそーだけど。稼げる以上のモンがあんだよ、と。それ以上は言わなかった。
私は資格を取りそれを会社との交渉のタネにするべく、仕事の空き時間に独学を始めた。サブ的な存在の何もしない方が、じゃ俺も受けてみよーかな、的な。暗記と理解。理解すれば暗記が入ってくる。私は一発で通り、サブの方は落ちた。私は正社員になり、役職もついた。待遇も跳ね上がった。オマエラとは違うんだわ、というのを見せつけた。オマケ的にサブの方も。
そういうのを彼が見ていたのか、空き時間ゲーム機に没頭する姿しか知らないのだが。ある日、じゃあ行ってもいいですよ、と。じゃあって、いいですよって何様だよオマエ、と返した。
ルートが新設され待機時間が増えた。でも事務仕事なんて直ぐ終わるし。私はそれをある程度ソイツラにも平等に振って、代わりにトラックのコースを組み込んだりした。待機するのがタルイのと、出来ない事、知らない事がお互い無い様に。彼にも振ったが、Kチャンは要らないよ、皆口を揃えた。彼がその様に皆と打ち解けていくのは、傍目にも解った。
薄遇のカオスにおいて。しかし薄遇は現場だけではなかったので。
契約が終わる事が確定し、任を解かれ、私は「次」への態度を明らかにしなかった。彼にだけ、オマエこんなトコ長居しないほーがいーよまだ若いんだから、そう告げた。
It’s a long way to happiness
A long way to go
But I’m gonna get there boy
The only way I know
‘Cause it’s a long way to happiness
A long way to go
But I’m gonna get there boy
The only way I know
It’s a long way to happiness
And when we get there is anybody’s guess?
For happiness…
(Songwriter: Neil Tennant, Christopher Lowe)
その後、彼はソコの仕事を辞め、他社でキャリアを積み、晴れて「正職員」となったらしい。彼も色々考えたのだろう、そのような報告を受けてはいた。奢らせてくださいよ、とかぬかしていたが、100年はえーよバーカ、私は「その全てを」受け流した。
今、彼がどうしているか、私は知らない。私がどうしているかも然り。
