シフティング

 物を運ぶのには労力と手段が必要である。誰がどうやって、という問題。

 子供の頃町内会の廃品回収でリヤカーを引っ張ったという事を前に書いた。即ち人力なのだが、リヤカーが誰の物かなんて事は考えなかった。勿論奉仕(ボランティア)なので1円も貰わなかった。確か10歳の頃。一つ上の、八百屋の子と二人で。

 今思うと、あのリヤカーは八百屋の物かも知れない。

 さて置き、物を運ぶのには労力と手段が必要である。故の運送職なのだが、運送にも色んな形態が在る。セールスドライバー、運転のみ、運転と荷積み荷降ろし、自転車とカゴ台車、バイク、UberEATS等々。手段に依ってはパイロット、列車運転士、船舶操縦士も含まれる。ご承知の事と思うが一応。

 広義では全て事業である。対価を頂いて運ぶという事。故に職業として成り立つ、のだが。

 営利企業ならば、利益が出る様に対価を頂く。労力と手段。個人事業でも同様。

 利益が出る様に、規模という要素を考慮せねばなるまい。それら全てを勘案し、漸くコストという概念に辿り着く。

 此処迄読むと前段であり、さて本題という印象だが、概ね此処迄で在る。

 先日在る方と話をした。修理費用は個人負担と仰って居た。借り物なので、と。個人所有物は皆綺麗に維持してあるという印象。ステイタスの名残か、未だステイタスか、強迫観念か。確かに借りる以上は借りた状態で返さねばなるまい。個人が借りたならば。

 他人が借りたものを借りる事を又借りという。又貸しは借りたものを貸す事。何方でも良いのだが、借り物で事業を営むのは理由がある。購入する事で所有物となる事を避ける為である。若しくは纏まった資金が無いか。

 貴方が必要とする例えば車を一括で購入するか、ローンか、カーシェア、レンタカーの類に留めるか、概ねそういう事である。必要とされる所に必要な物がどう提供されるかという事。

 コストは突き詰めれば個に帰結する。その成れの果てという事を実感した次第。シフティング。

 ルートを走る業務日報にメーター記入など何の意味も成さない。迂回、寄り道でもしない限り毎日同じであり、その事を記録して如何するのか。何をどれだけ運んだか大雑把にでも記入した方が良いのでは、と感じた。コストを個に帰結する前に。

 ガワがどうあれモノに罪はない。


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