自転車を人として扱う理由
egaxyz
10 5月, 2026
自転車の青切符導入から一箇月。散々メディアが取り上げ「いい迷惑」なのだが。
運送ドラ視点で言わせて貰えば「何も変わって居ない」。
自転車の定義
「自」ら「転」がす「車」。順不同(笑)英語ではbicycleやbikeだが、bi-cycleであろうがbi-kinetic-energyであろうが基本的に人力であり、人が跨っているに過ぎない。運転している方には自覚がないだろうから、私ら視点での「見え方」を列挙する。
1.自由 2.不安定 3.低速
人が人の意志のまま運転するので端的にそう見えるしそうとしか見えない。規則が如何であろうがお構いなしで在る。走行するに於いて「信号を守らない」し「一時停止をしない」し「安全確認は言わずもがな」なので歩く人や走る人「より速い飽くまで人」でしか無い。
a.「信号を守らない」
精々守るのは歩行者用信号。その段階で「人アピール」である。2車線以上の車道で信号に詰まる車列を見て如何するかと云えば「歩道に逃げる」が多数。結局人なので在る。
罰則強化のせいか知らないがその逆で「歩道から脇目も振らず車道に出てくる」。論外。
歩く人がマシに見えるのは動きがゆっくりなので予測範囲内に収まる事が多いというだけ。遥かに俊敏な動きをしているという「自覚が無い」。それを言い換えるなら「自由である」という事。決して「自由ですよ」「お好きにどうぞ」という意味では無い。念の為。
b.「一時停止をしない」
これは端的に知らないのだろう。乃至は「知っては居るが知るか」若しくは「まあいいか」。路地の見通しの利かない十字路を「突き抜ける自転車」を見慣れてしまった。日常茶飯事。停まれとか命令形で書かれているので「反抗」「チョイ悪」の様にも見える(笑)
笑っては居るが「逆の事をされた」らブチギレるんだろう。そういう意味に於いて「人以外の何者でも無い」。
c.「安全確認は言わずもがな」
一応徐々に敷居を下げて並べている心算。別のエントリで書いたが私はあらゆる人の目を視る様意識しているので「チラッとでも」視線を振ってくれれば有難いのだが。先例の「突き抜け系」は「一瞥もくれない」。興味も無いし想像だにしないと云う印象。
右左折も同様。速度を落とす事無く曲がる。道に沿って曲がってるんだから良いだろ、という態度。どう思われようが走り去ってしまえば良いと。確かに別に「追い回して文句の一つも」などという暇は無いし興味も無いのだが。そういう行動を「真似て居るのか」子供も同様という印象。
仮にぶつかったとして車相手なら「被害者面」だし人だとしても「保険入ってるから大丈夫」とでも思って居るのか。「全ての事故の全損害を補償する」などとどの保険会社も規約して居らず、あんな安い保険料で其れは有り得ないのでご注意あそばせ(笑)
車道を半強制化されたせいか取り分け目立つのが「自転車の並走」。自転車の世界でも速度の高低はあろうが如何せん追い抜く加速力が欠けている為「その様に見える」。私らから見たら「何だコイツラ」でしかない。
車両扱いして良いのか
規則的にそう扱わないと罰則を科せられないからなのだろうが、発進時に腕力が足りていないのに強くペダルを踏むためバランスが横ブレするような挙動を車両扱い出来るのか。高齢者や子供に限った話と思ったら大間違いで在る。下手に接触でもしようものなら全て業務上過失致傷、此方に非となる。頭の上に何か被って居るのも偶に見掛ける程度、それ以外はノーガードである。
これから紫外線が強い季節で腕だけは隠しているかも知れないが、所詮「日焼け防止」何なら学生などスカートが捲れ上がろうが気にせずという体である(笑)こんな事を書くと「出たよ何処見てんだよオッサン」と成るのだろうが、見たくて見ているのでは無く全てに気を払わないと安全など保てないと云うだけの事。此方も一々気にして居られる程暇じゃない(笑)隠そうとするとか羞恥心にエロスが有るだけの事で仮に全裸なら匿われる(笑)だけで在る。
話が逸れたが(笑)兎に角「停まりたくない」という強固な意志だけは伝わる。電アシは尚更なのだろうが「それで良いのか」とだけ。停まった途端「歩行者然」なのだが、此方にしてみれば自転車を降りたかどうかなんて「問題ですら無い」。人として括る以外どうしろと云うのか(笑)
飽くまで人
個人的にフェーズが変わったという印象を抱いていたが、こう定義する事で肩の荷が下りた(笑)自転車とか軽車両とかそういう「認識に囚われる」から扱いに困るのであり、「人が何かに跨って移動している」と捉えると、ああ人なんだよな、そうだよな、「ルールなんか知ったこっちゃない」よなという認識で落ち着く。
すると不思議なもので「全て譲ればカタがつく」のである。譲られた自転車の人の表情が全て。車道に出てきたからどうこうなんて道交法の問題でしか無い(笑)
巷に駐車車両と自転車の問題が取り上げられて居るが、私ら運送に携わる者からすれば「お互い様」以外の何でも無い。SAGA○Aやク○ネコの様に丁寧に車止め噛まして居るのも如何かと思う(笑)が、車両扱いして欲しければ「颯爽と抜き去れば良い」だけで在る。そういう意味に於いても矢張り「人でしか無い」(笑)
その癖路上に停められている数多の自転車(笑)お互い分を弁え配慮すれば良いだけと思うが如何だろうか。
何れ「規則だらけの社会」に辟易するだろう。其れを設けて喜んで居るのは誰か、と云う事で在る。
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