欠損
egaxyz
14 7月, 2026
元には戻らない。もう元には。
欠格。欠損。二度と元には。
故に。
切り、棄てる。腐って仕舞わない様。
先端等有ろうが無かろうが。大した事では無く。
些細で或る。些末。
異なりを気に病まなければ。
其の様に手放せば善い。遺す為に。
其の様な事、と。世の理。
与り知らぬ事、故。
太陽と砂塵の中に消えていくキャラバン
道に迷えば誰も愛してはくれない
ああ、俺は道化さ
滑稽極まりない
強いと信じていたが「石」のようなお前に敵う筈も無く
その時が来れば
お前はその重みを感じるだろう、その重みを
いつかその日は訪れ
お前はそこから抜け出すんだ、そこから
人間万事塞翁が馬
やめようとしてみるけれど
心がそれを許さない
俺には家族がいる
キャラバンは俺を迎えに来る
その時が来れば
お前はその重みを感じるだろう、その重みを
いつかその日は訪れ
お前はそこから抜け出すんだ、そこから
人間万事塞翁が馬
("Caravan" Songwriter:Dave Rowntree, Alex James & Damon Albarn)
讐成らば。讐でしか無く。
手放す他。
2011/1/12
私はいつでもどこへでも行く
私の居場所がなくなったら、私の居場所がなくなってしまった、と感じられたら、私はそこに執着しない
私はあっさり手にしていたものを放して、次を探す
ずっとそうやって生きてきた
私はそれを変えられない
変えられない、のだろうか
私はまた何もかもを失うのだろうか
また、私は自ら何もかもを失くすのだろうか
私の手は私が手にしていたものを握り締め続けることもできないのだろうか
私には、大事なものは何もないのだろうか
私が守るべきものは何もないのだろうか
私は既に壊れてしまっている人間だ
大分前に
私自身が、あ、私、壊れちゃったな、そう感じたあの時点から、私は次から次へと' 失い続けて 'きた
私は何にも執着しなくなった
私は身を翻すことを覚え、言を左右にすることを覚えた
それが他人(ひと)の目にどう映るのかは判らないが、それが他人(ひと)の目であるならば、私が目の当たりにすることはできないのだからどうでもいいじゃない、と思うようになった
そのために、私は今のところ' 続いている '
続けることが目的ではなく、どうでもいい、ということを具体的な形にしているだけだ
そんな私が、私自身を大事にしなければ、とは、一体何なのだろうか
時々、現実から離れると、このような思い違いをする
何かが' あった 'ような錯覚に陥る
私の大事な時間も、私の大事な体も、私の大事なしたいこと、とか、そんなものは何もない
既に、どこにもない
そのようなことに執着しないからこそ、私は今の生活も、何とか続けていられるのだ
勿論、続けることが目的ではない
目的なんて、何もない
ただ、私は既に壊れているので、更に私を壊そうとする他人(ひと)を認めない
他人(ひと)の目にどう映っているのかは知らないが、壊れていないから壊そうとするのだろう
もしくは、壊れかけているものに止めを刺したいのかもしれない
いずれにしても、それを私が目の当たりにすることはできないので、私にはどうでもいい
私は私を壊そうとしたり、私に面倒を強いたり、そのような他人(ひと)達は、一応、潰してあげることにしている
私の意識がどうであろうとどうでもいいのだが、生憎動物なのである
きっと、防衛本能、みたいなものは消し去ることができないのだろう
多分、動物は動物の本能のままに行動する
もしくは、自殺だろうか
自殺、という概念は、人だけが持つのだろうと思う
私自身が私という個体を死に追いやるのだ
動物的には、極めてナンセンスだ
投身、服薬、自傷、いずれにしても本能ではない
意図的である
人間という動物の英知の限界であり、動物であることの放棄だ
それを放棄して手にするもの、守るものは何か
多分、何もない
英知が私を死に追いやっても、何も残らないし、何にも認められない
何か、美しいものとか、純粋なものとか、そのような価値を守ろうとするものだとしても、それは真逆的に、他人(ひと)の目には映らない
もし、何かがあったのだとしても、その存在は認められずに、ただ忘れ去られるだけだ
ただ、私は、忘れ去られるというのは案外悪いことじゃないな、とは思っている
何せ、これだけの数がいるのだ
何億、何十億、何百億、よく知らないけれど、うんざりするほどの人という動物がいる
その中の一人が、い続けようが、突然姿を消そうが、どうでもいいだろう、とは思う
私が私という存在を中断させても、誰も困らないし、どうとも思わないだろうし、もし、例え何かあったとしても、何れは忘れてしまうのだ
中断という手段として、それはアリだと思っている
私は一度それを失敗している
私はもう二度と、そのような失敗だけはしない
失敗をすると、私は生存したまま壊れてしまうことになる
例え、どれだけの他人(ひと)がそれを目の当たりにしたいと思っていたとしても、私はそれを叶えてあげるつもりはない
もしかしたら、自殺というのもまた防衛本能なのかもしれないな、と思う
私という個体ではなく、私の中の形にならない' 私自身 'を守り、且つ、永久に葬ってくれるのかもしれない
ま、どうでもいいか
どのみち、それは私自身にしか見えないものなのだから
(再掲)
15年の月日を経て、全く違和感が無く。
落胆と安堵。
15年前の私なら安堵する事を恥じただろう。
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