客観的悪意

 そこかしこに見受けられる客観的悪意。

 人は、願わくば客観的善意の関係に留まりたいのだが。踏み荒らされ蹴散らされる事で、それのみでは成立しない事を知る。

 調整として。振り子の様に。然し、彼方の振舞いもまた踏み荒らし蹴散らすのだ。

 間(はざま)は理論ならば。所謂権利だが、全ての個の異なる其れもまた成立せず。依って何れかに振るのが人の性。

 善し悪しでは無い。生物的に脳が判断し指示するので在る。


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